自分を愛するために

旭川まなみ、大学4年生。自分が嫌い・自分に自信がない…そんな現状を変えたくて試行錯誤しています。

家で勉強できない人がどこで音読するか

こんにちは、旭川まなみです。

 

家で勉強できない人間です。

 

大学の図書館やカフェに行って勉強するのが常なのですが…

 

音読ってどこでやったらいいんだろう。

 

留学の事前学習で音読の教材を指定されているけれど、いやぁ、全然進まない…

 

やらなきゃとは思うんですけどね

会社の近くに住みたい

こんにちは、旭川まなみです。

 

春から社会人になります。

今住んでいる一人暮らしの家から職場までは1時間ちょい。

乗り換え2回。

通勤ラッシュやばい。

 

疲れてヘトヘトな時に、

「帰る」って体力使いますよね。

 

今日もそんなヘトヘトで、

出先から家まで1時間。

 

電車立ちっぱなし。

 

しんどかったです。

 

会社の近くに住みたいな。

 

徒歩圏内が理想

 

いや、自転車圏内か。

 

ちょっと離れてた方が良いね。

 

でも実際オフィス周辺なんて家賃高くて住めない。

 

はーーーーーー

 

疲れた!

 

物件検索するのは楽しいけど、

条件検索で家賃の上限決めたら楽しくない。

 

そんな、日々。

巨乳妹キャラの友人に自虐風自慢されて考えた、自慢を自慢たらしめるのは誰か、という話

こんにちは、旭川まなみです。

 

突然ですがみなさんは

「自虐風マウンティング」

という言葉をご存知ですか?

 

これは 「自虐風自慢」とも言い換えられ、

言葉の通り、

「自虐に見せかけて、実はマウンティング(自慢)をする」

という行為です。

 

 この説明で(というか説明がなくても)

「あ〜〜〜あるある!」

とならなかった方のために

 

もう少し、具体例を出して説明すると

 

「毎日友達に遊びに誘われて自分の時間がねーわ……二時間睡眠とか死ぬ……」

地味にウザッ!! "自虐的になんか自慢(略してJJ)"の華麗なかわし方を考えてみた(1/3) - ウレぴあ総研 

こんな感じで、

「2時間しか寝られないの辛い!」と主張しているように見せかけて、

「2時間しか寝られないほど友達に誘われる人気者な私☆」をアピールしている構造です。

 

自虐の裏に自慢を潜ませるというのが自虐風自慢ですね、はい。 

 

 

 

www.youtube.com

 

自虐風自慢」については、

youtuberの「整形アイドル轟ちゃん」の

こちらの動画が的を得ていて面白いので、

興味のある方は是非見てみてください。

 

 

友達に自虐風自慢をされて、初めて嫌悪感を覚えた出来事。

 「自虐風自慢」という存在は以前から知っており、

「あ〜〜この人自虐ぶってるけど結局自慢したいだけだよね」

という人にも何人も出会ったことがあります。

 

しかし、自虐風自慢に本気で腹が立ったことやモヤモヤしたことがなく、

先日初めて経験しました。

 

概要をまとめるとこんな感じ。

 

 

友人H

・大学入学当初から仲が良く4年目の友達

・巨乳で目も大きくかわいい

・守ってあげたくなる妹キャラ

・男受け/おじさん受けがめちゃめちゃ良い

・ちょっと抜けている?隙がある感じ

・夜のバイトもたまにする

・人誑しで、甘え方を心得ている

・自己愛が強い

 

いわゆる、巨乳で妹キャラ、ゆるふわの男受け抜群!という友人H。

 

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ぱくたそ-フリー素材・無料写真ダウンロード

 

彼女の自虐風自慢はこんな内容でした。

・先日、夜道を歩いていたら痴漢にあった

・かなりのペースで痴漢にあっている

・それぞれ違う人

・警察への通報も、事情聴取も慣れっこ

・どうしてこんなに痴漢に会うんだろう

・ヤりたいとか、ヤれそうとか思われるからだよね

・胸大きいのがいけないのかな、本当デブやだ、痩せなきゃ…

・どうしたらいいんだろう?痴漢に合わないコツとかある?教えて?

 

はい。

 

THE☆自虐風自慢ですね、むしろ清々しい。

 

「痴漢にあって困っちゃう〜〜〜」と言いいながら、

「痴漢から狙われちゃうほど女の子として魅力がある私」をアピールする構造ですね。

 

 

まぁ、ここまで読んだ方の中には、

「本人は悩んで真剣に聞いているのに自慢と捉えるだなんてゆがんでいる!」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、

話をしている彼女は笑顔も浮かべ、余裕があったので、本当に悩んでいるようには見えませんでしたね。

 

 

自虐風自慢にイライラする理由

 今まで、他の友人含め、様々な自虐風自慢を目の当たりにしたことはありましたが、

ここまでイラっとしたのは初めてでした。

 

どうしてこんなにイライラしたのかと考えたんですが、

当たり前ですけど、彼女が自分にないものを持っていて、羨ましかったからですよね。

 

彼女にあって私にないものは、

Gカップの胸と、自己愛と、「女の子」として異性に訴える力です。

 

彼女が持つGカップの胸を、

私がどんなに羨ましがっても手に入らないし、

痴漢にあったのは深夜1時にフラフラ歩いていることが原因だと考えもしない、

ある種の自己愛も私にはない。

アホっぽくても、抜けてても、「この子とヤりたい」と思わせる、

女性として異性に訴える力もない。

 

巨乳ぽっちゃりで妹キャラの友人Hと、

貧乳痩せ型でお姉ちゃんキャラの私とでは、

見た目から性格まで全く違うのに、

彼女が痴漢にあった理由は私の憧れる部分。

「羨ましい」と嫉妬してしまいました。

 

 

自虐風自慢」を完成させるのは受け手に他ならない

 

さて、ここで「自虐風自慢」という言葉に立ち返って考えたいと思います。

そもそも、自虐風自慢を「自虐」と捉えるか「自慢」ととらえるかは、

受け手の判断に依存します。

 

例えば、知り合いのパン屋さんが

「この前テレビで紹介されたせいで普段の10倍くらいお客さんが来ちゃって、

パンは足りないわ、レジは長蛇の列だで大変だよ〜」と話していたとします。

 

この話は「自虐」ですか?「自慢」ですか?

私はこの話を聞いてまず、「そうなんだ〜大変ですね」と思います。

特に自慢だとは思いませんね。

 

しかし、もし私の立場がそのパン屋のライバルである隣のパン屋だとしたら

「結局言いたいのは客が増えたって部分だろ…」と、

自虐風自慢」として捉えるのだろうと思います。

 

つまり、その部分が自分にとって足りない部分だ、負けている部分だ、

という意識が隠れているからこそ、「自虐風自慢」が成立するわけです。

 

受け手の卑屈さが、「自慢」を生み出すのではないか?

というのが今回私が考えたことです。

 

 

自虐風自慢」という言葉は、

モヤモヤを相手に転嫁できるからこんなに流行った?

 

少し話が変わりますが、

ここまで「自虐風自慢」という言葉が流行った理由に考えてみました。

 

それは、相手の話を「自虐風自慢」とカテゴライズすることで、

救われる人がいるからでしょう。

 

自虐風自慢」は

「自慢」を「自慢」たらしめる原因を自分自身にあるとは微塵も考えず、

相手の話し方が全て悪い!というように責任転嫁することができる言葉です。

  

自虐風自慢する子っているよね〜」

「あるある〜〜〜」

と話すことは、

相手のを自慢と捉えてしまう自分自身の「不足」から目を背け、

「不安」「不満」といったマイナスの感情から一時的に逃れることは可能です。

 

 

 

 

私的まとめ

相手の話を「自虐風自慢」だ! と決めることで

気持ちが楽になるかもしれません。

 

でも、もっと根本的に、

どうしてその話が自慢に聞こえるのか?

考えてもいいんじゃないかなと思います。

 

 

私は、

「異性を性的に引きつける、女性としての魅力」に関して、

彼女にぼろ負けです。

 

 だからこそ、彼女の痴漢被害の話を「自虐風自慢」と捉えました。

 

彼女のことを「自虐風自慢をしてくる嫌なやつ」

として気持ちを収めることもできます。

でも、それよりも、

「私は痴漢されるほど胸も大きくて魅力的な彼女に憧れていたのかな〜」と、

自分の心の底に眠っていた感情に気づくことのできた機会として、

ちょっとだけポジティブに捉えたいな。

 

今でも若干モヤモヤしてるので、

こんなに綺麗に気持ちを抑えられるかわかりませんが、

うん、まあ頑張ります。

 

旭川まなみ

 

「誰かにとって面白くなくてもいい」

こんにちは旭川まなみです。

 

 2017年12月から始めていたこのブログを 3カ月間お休みしワードプレスでブログを書いていました。

 

そして久々に自分自身を変えて記事を読んでみたのですが、

誰かに「面白い」と思われることを目的としていない、日記のような記事にもかかわらず、

自分にとってはとてもとても興味深く面白いものでした。

 

そしてワードプレスで3ヶ月間書いていたブログは、

他人から面白いと思われたい

他人から「いいね」されたい

たくさん検索からの流入がほしい

などといったモチベーションで書かれていて、

これらの記事は、後から読み返しても面白くないものになってしまいました。

 

なんというか…

「劣化版キュレーションサイト」といった感じで、

「みなさんも〇〇してみてはいかがでしょうか?」みたいなノリ。

とにかく「私」というものがないし、

意見も立場もなくてつまらなかったんです。

 

このブログは本当にただの日記に過ぎません。

 

でも全てが私の思いに忠実に書かれています。

 

もう少し読んでいる人を楽しませる仕掛けとかも必要なのかもしれないけれど、

私はこうやって自分の意見をブログに残しておけることがとてもとても貴重でとてもとてもありがたいんです。

 

今「ブログと言うと、

「収益化だ」とか「好きなことで生きていく」とか、

もちろん実現できれば理想的だけれども、

そのために自分の考えが言えなくなってしまうような、

そんな状況になるのは全く以て望ましくないことです。

 

私は収益が欲しい。

もちろんその事は気持ちに嘘はありません。

それでもアクセス数を集めるために自分が思っていないことを記事にすると言うしんどさ 

それと天秤にかければ、

そこまでやりたかったことじゃないのかも?と気づきました。

 

これをあきらめ、逃げ、ととらえることももちろん可能ですが、私はどうしてもそうは思いません。

 

とにかくとにかくとにかく…

自分に素直で自分の考えをぐちゅぐちゅにした、

ぐちゅぐちゅにする過程のこのブログが、

わたしにとっては必要です。

 

ワードプレスのブログもちろん続けます。

 

 私の本音とはどこにあるのか

それは私自身まだわかりません。

 

話は変わりますが、

わたしは運動が苦手で、

学校の体育で、いつも短距離走で息切れしてしばらく休むことが必要なタイプでした。

 

ブログでもきっと同じことが起きていたのだと思います。

 

頑張ろうと意気込んで短期的に頑張る事はもちろんできるけれど、

それでは続きません。

 

「細く長く続ける」

 

派手なことではないけれど、

これを愚直に実行していきたいです。

 

旭川まなみ

 

ブログが楽しいから書く。儲からなくたってそれでいいじゃないか

こんにちは、旭川まなみです。

実はこちらのブログ3カ月間ほど非公開にしていました。

その理由はワードプレスで新しくブログを始めたからです。

 

はてなブログでは私は自分の書きたいことを自由気ままに書いていたんですが、それではアクセスが集まらない。

それに誰にも価値を与えられない文章なんて、意味があるの?

 

そんなふうに思ってこちらのブログを非公開にして閉じました。

 

この3カ月間私はワードプレスでブログを書いていました。

オンラインサロンにも入りました。

どうしたらブログで稼いでいくことができるのか、自分が大好きな「言葉で表すと」いうことでどうしたら収益化できるのか。

どうしたらお金になるのか。

私も月100万円ブログで儲けてみたいな。

そんな風に思っていました。

 

でも結構結局のところうまくいきませんでした。

 

お金を稼ぐブログをつくる。

それは、意識すれば意識するほど、

自分の文章を自分自身で殺しているような作業でした。

 

自分の書きたいことではなく誰か読みたいことを書く。

どういうふうな表現をすれば検索の上位に表示させることができるのかを考える。

 Googleアドセンスに通過するために当たり障りのないブログを書く。

 

こんな、

ブログで稼ぎたいと思えば当たり前に通らなければいけない道の全てが、

どうしようもなく…しんどくなってしまったのです。

 

お金を稼ぎたいと思ってこんなに大変なことなんだ。

私は驚くとともに、でもやっぱり難しいからすごいことなんだろうなと思いました。

 

しかし私のブログを続けている中で感じる違和感は、

 Twitterのフォロワー数やブログのPV数が多い人だからといって、

必ずしも人間的に絡む事は魅力的ではないとに気づいてしまったからです。

 

お金を稼ぐノウハウやテクニックをシェアしている人たちは確かに凄い強い役に立つことかもしれません。

 

でも単純に楽しいと言う気持ちで書いている人にはやっぱりかなわないんだ。

 

私はこのブログは自分の思った事しか書いていません。

ワードプレスのブログは自分が思ってないことも書いたことがあります。

 

結局どっちが良い悪いじゃないんです。何を目的とすかなんです。

 

ただ私は自分の気持ちに本当に正直に本当に正直に日記のようなブログを書きたい。

 

これは、ブログで儲ける!

なんて言ってる時代に、逆行するようなことかもしれない。

それでもやっぱり私はブログを書きたい。

自分が思ってることを伝えたい。

自分が今しか思えないこの気持ちを忘れたくない。

 

本当の気持ちだけで育てて行きたい。

自信のない自分を変えたい!旭川まなみのリスタート

こんにちは旭川まなみです。

 

このブログも少しずつたくさんの方に見られるようになってきました。

 

テーマを決めず、とにかく自分が書きたいことを気まぐれで書いてきたこのブログ。

 

そろそろしっかり書きたいな、と思うようになりました。

 

その理由は、私自身が「変わりたい」と思っているからです。

 

このブログを変えたい、ということではありません。

 

自分のことが嫌いで、自分に自信がない「私」そのものを変えたいと思ったのです。

 

周りの目を気にせずやりたいことをやる。

似合うかどうかにビクビクせずに着たい服を着る。

自分はこういう人だ!と胸を張って自己紹介できるようになる。

他人のために気を使う時間をたくさんかけない。

いつも周りには無理せずに付き合える友達がいる。

 

…書き出すとまだまだあるのですが、

とにかく、誰かの目を気にしたり、

正解を探してリスクを取れない生き方が嫌なんです。

 

私は今大学4年生。

卒業までの約9ヶ月間で、自分をもっと愛せるように変わりたい。

 

他人のことを気にして自分のことを第一に考えないのは、

自分で自分をいじめていることと同じ。

 

私は、変わります。

 

変わるためにはいろいろなことに挑戦して達成感を得たり、

考え方の軸を他人から自分に変えたり、

様々なことが必要です。

 

その、挑戦の記録をブログに残したいと思います。

 

「自分を愛するために」というブログタイトルをつけておきながら、

私自身、自分を愛することができていません。

それどころか、

愛するとは何か、まだ本当の意味を知らないかもしれません。

 

だから、私が皆さんに

「自分を愛する方法はこれです!」

「こうすれば自分に自信をつけることができます!」

といった方法を伝えることはできません。

 

自分が達成できていないのですから当たり前です。

 

このブログにできることは

「導き」ではなく「併走」です。

 

私は「自分を愛する」ことをまだ達成できていません。

 

でも、そのための道のりをブログで紹介することで、

「自分を好きになりたい」という皆さんと同じ目線で、励ましあうことができます。

 

今、自己肯定感や自信をつける方法の本を読むと、

大抵が「達成した人の話」です。

 

もちろん、成功者の話は参考になりますが、

全てが終わった後に執筆されているので、

どこか現実感のない物語になってしまいがちです。

 

私は、全てをこのブログに書きます。

 

自信をつけるためには様々な挑戦や葛藤が必要です。

 

それらを後から振り返って体型的にお伝えするのではなく、

一つ一つの「今」を記録することで、

「あぁ、一人の女の子が自信をつけるためにこんなことがあったんだなぁ」

とリアルに感じて欲しいんです。

 

自分を変えることも、そしてこのブログでの記録も頑張ります。

 

継続してご覧いただけると嬉しいです。

 

旭川まなみ

 

自己肯定感の低さから彼氏に依存してしまう

こんにちは、旭川まなみです。

 

今日は、私自身がやりがちな失敗

「自己肯定感の低さから彼氏に依存してしまう」ことについてお話ししたいと思います。

 

みなさんは、彼と適切な距離を保てていますか?

 

私は保てていません。

大抵近くなりすぎてしまうのです。

 

そしてその理由は

「彼氏にとって私が唯一無二な存在であるという確信が持てないから」です。

 

彼氏、彼女、というある種契約の中で、

お互いがお互いの一番であることこそ最も大切なことであると私は思っていました。

 

それなのに…

どうして私より他の人を優先するの?

どうして私の話にあまり興味を持ってくれないの?

 

そんな「彼氏は私を大切に思っていないかもしれない」というストレスを度々感じるようになっていきました。

 

彼氏が彼女以外の…例えば仕事や友達や趣味を優先するということは当然のことです。

現実世界は彼と私の2人だけの世界ではありません。

 

それなのに、「どうしてこっちを見てくれないの!?」というストレスが生まれる原因。

 

私は一つ、思い当たります。

「自己肯定感の低さ」です。

 

私は恋愛で自己肯定感の低さを克服したつもりでした。

なぜなら、彼氏がいるということは、どんな形であれ他者から認められる人間だという証明になるからです。

 

実際に私は彼と付き合ってから、「彼から愛されるだけの自分」として、自分自身を大切に思うことができました。

 

しかし、恋人同士の甘い期間はそう長くも続かず。

私が最優先だった期間は終わり、仕事、友達、趣味と並列されるような、要素の一つになってしまったのです。

 

これにより、保ってきた自己肯定感は地に落ちました。

 

結局、彼からもらった承認や受容は一過性のもの。

しかも条件付きのものです。

(付き合い始めのドキドキする時期だから最優先で愛する)

 

私は彼が全てを受け止め肯定してくれるという幻想を持っていたため、この現実を受け入れることができずにかなり落ち込みました。

 

「あなたは私を心から肯定してくれる唯一の存在だったのにどうして…?」

 

ここまでくると、自己肯定感のために他者からの承認を得ようとする、依存的な彼女の出来上がり。

 

連絡がこないと「なんで?」

相手が上の空だと「ねぇ話聞いてよ!」

友達との約束があると「私と一緒にいないと別れる!」

 

こんな嫌な彼女…

(全部私が実際に行ったセリフです)

 

繰り返しになりますが、

問題は、

自己肯定感が低い

それを彼氏からの承認で埋めようとする

彼氏に依存的になる

彼氏はその重荷に耐えきれない

少しそっけない態度でも裏切られた気持ちになる

相手からも呆れられる、見放される

さらに自己肯定感が下がる

とい悪循環です。

 

このループを抜け出すためには、自分で自分を愛すること、彼氏以外に頼る先を作ることが大切です。

 

実際私には友達も少なく、そのせいで様々な相談を彼にする結果、依存的になってしまうと自己分析しています。

 

「自立とは依存先を多数作ることだ」

という名言を先日Twitterで見ました。

 

その通りです。

 

大学生活もあと9ヶ月…

 

1人の人に拘泥せず、自分がやりたいことや自由になれることにもっと集中していきたいです。

 

そのために、自己愛。

わたしは変わります。

 

旭川まなみ